大晦日

今日で、2013年が終わる。

私にとって今年は、色々と感じ入ることの多かった年であった。

職場の環境が変わったこと、幼馴染が先にいってしまったこと、ブログを始めたこと。


悲しいこともあったし、楽しいこともあった。



禍福は糾える縄の如し。

いいこともわるいことも、全て味わいつくせる余裕をもちたい。


2014がどんな年になるかはわからないが、自分らしい楽しい年に。



今年は、このような品のないブログにお付き合いくださいまして、皆様、本当にありがとうございました。

どうぞよいお年をお過ごしください!

入院回顧録 その六 退院決定


入院七日目の朝。


朝の往診で担当医から、「だいぶ良いですね。いつ頃退院にしますか?」とのありがたいお言葉。



暇を持て余してしょうがなかった私。


今でしょとは言わないが、今日でと答えた。


しかし、病院の退院日がこんなにざっくり決められるとは思わなかった。


まあ、ホテルみたいに日付が決まっているわけではないし、患者の体調次第でいつでもよいのであろう。



実はこの朝の往診で、四人部屋のうち私を含めて三人が無事に退院することとなった。


皆様、それぞれに色々な病をお持ちであり、同じ釜の飯を食った闘病仲間である。


斜め前の爺様のいびきはうるさかったが、離れるのには一抹の寂しさも。




私は昼過ぎに退院を済ませ、一週間ぶりに我が家に戻った。


退院日から五日ほど年休をもらっていたので、少しの間、家で体の調子を整えることに。




そして現在。


腹に小さな傷はあるものの、変わりなく日々を過ごしている。


入院生活なんてめったにできることではない。


自分の思い通りにできない生活環境で、他者と共に暮らすというのも良い修行ではないだろうか。



病気になって初めてわかる健康の有難さ。


普段通りに生活できることへの感謝の気持ちが込み上げる。




今回、入院生活の中で強く印象に残ったことがある。


それは、担当医の優しい対応と、看護師さんの親切さ。


私の担当医は、おおよそドクターと言われる職種の方の中では抜群に腰の低い方だったと思う。


物腰は穏やかで、言葉使いも丁寧。


あんなに雰囲気の良い先生なら、指名料金払ってもよいと思えるほど、人当たりの良い先生だった。


また、巡回にこられる看護師さんも、説明は丁寧だし笑顔も良し。




こんなことがあった。


ある看護師さんとイロイロ話をした時に、「ここの職場、スタッフがみんな優しくて働きやすいんです」と笑顔で清々しく答えてくれた。



自らの職場をそんなふうに堂々と自慢できるなんて。


素晴らしいじゃないか。



以前は、なにかと評判のあった壱岐市民病院。


私が入院したかぎりでは良い印象しか残らなかった。


もう入院はしたくないけど、なんかあったらまた優しくしてください。







以上、私が体を張ってネタ披露した入院生活の回顧録。


痛い思いもしたが、初めてのことが多すぎて、ある意味勉強になりました。



痛くて眠れない夜も、時が過ぎるとともに痛みは和らいでくる。


トンネルに出口があるように。


明けない夜がないように。


辛いときは過ぎてゆくのだ。



変わらず元気で生きていける幸せ。


これにまさる喜びはない。







後日、病院に入院費を払いに行ったら、申請していた健康保険限度額適用認定証が、うまく適用されず、全額保険なしで払うことに。


(11月25日~12月2日まで入院したのであるが、認定証の適用が12月分のしか反映されず11月の分が適用されなかった)



保険担当のお姉さんに「20万円ほどかかりますが」と申し訳なさそうに言われた時には、ちょっとひいた。



一週間の宿代(手術代含む)でこのお値段。


盲腸ごときで20万。



高いネタ...。 orz


入院生活 その五 諸々満たされない安定期


入院生活も五日を過ぎると、体の調子も上がってきた。


痛み止めは使わなくてもよく眠れるようになり、食欲も普段通りに湧き上がって、あれだけほしくなかったご飯も、三度三度の飯の時間が待ち遠しいと感じるほどになっていた。


腹が満たされ、夜も眠れ、心身の状態が正常になるにつれ、第三の欲望がもっこり頭をもたげ始める。



性欲である。

人間の欲望のうちで一番強いと思っていたこの衝動。


実は食と眠りの二つに支えられて、初めて目を覚ますことを思い知らされた。


人間にはやはり、体を動かすエネルギーと、メンテナンスをする時間が大切なのだ。

それがあっての生殖活動。


人、衣食足りて礼節を知るではないが、人、眠食足りて肉欲を知るのである。





この数日間。


殆ど息をしていなかった私のセガレ。


留置カテーテルを挿入されて、いじらしく萎れていた私のライフル。


腹の痛みで身をよじりながら苦しんでいた時、中に入らんとばかりに縮こまっていた彼。


だが今では、栄養と休息の助けによって、元気に復活。



私よりも早く起きるタフマンに。


16歳の朝が戻ってこようとは思いもよらぬ話。






さて。


このころから私の入院生活はあるものとの戦いにかわっていた。




暇である。


ベッドの上で、とにかくすることが無いのだ。


本を読んだり、ケータイをいじって過ごすが、すぐに限界がくる。



時間がたたない。


やることが無い。



以前、知人の入院見舞いに行ったとき、ベッドで休めていいなあと冗談を言っていた私であるが、その時の知人が、暇だ暇だと漏らしていたのが、今は身に沁みてよくわかる。



病気療養中の身ゆえ、大人しくするのが当たり前であるが、することが無い時間を過ごすこともなかなかに難しい。




加えて、殆ど手のかからなくなった私。


入院当初は、何度も様子を見に来てくれた優しい看護師さんも、今となっては検温と配膳くらいしか来てくれない。(当然のことである)




しかも欲望は容量いっぱい。


暇と欲を体の内でたぎらせる日々。



たまに来る若い看護師さんで、あんなことやこんなことを勝手に妄想して遊ぶという、実に変態的楽しみで時間をつぶすことに。



人間暇を持て余すとろくなことを考えない。


小人閑居して不善をなすとは私のことか。





※聖なるイヴにこのような下品なエントリをUPする私。


皆様に素敵な夜が訪れんことを。

Merry Christmas!

入院回顧録 その四 産みの苦しみ


入院三日目。

看護師さんから尋ねられるのは、おならが出てるかどうか?


ガスが出るようになると、腸の動きが良くなってきている証拠らしい。


おならは健康のバロメーターである。




普段なら、ところ嫌わずブッスブッスと放ち放題の私のお尻。


しかし、手術を受けた後からは、おならもうんこも出なくなってしまっていた。



看護師さん曰く、術後は腸の蠕動運動が弱まるので、通常2~3日は出ないとの話。

(紙おむつの件は全くの杞憂であった)


日曜日から何も食っておらず、この三日間は絶食中なので出ないのは当然ではあるか。





さて。

その日の夕食から、久しぶりの食事を提供していただいた。


まだ、屁は出てなかったが、様子見で食べてみましょうとのことで、七分粥からのスタート。




三日間何も食べていない、飢えたる身でありながら、実は食欲はゼロ。


全く食べる気がおこらない。



というのも、私の腹にはドレーンといってチューブの管が穴を通して刺さっている。


このドレーン。


体内に貯留する膿などの浸出液を外に出す役割があるのだが、これを固定するために腹に巻いたサラシみたいな布切れがきつすぎて腹がつっかえてきつい。


(ちなみにドレーンを通して出る私の汁。かき氷のオレンジシロップそのものの色味で大変おいしそうであった)



さらに、寝てばかりのせいなのか、ゲップが止まらず食欲も出ず。


飯を食べたく無さ過ぎて、鼻水まで流れはじめた。


味も何もわからないまま、無理やり飲み込む。



他の患者さんが10分もかからず食べ終わるのに、私は一時間近くもかかってようやく終了。


しかも残すし。




罰行のような食事の時間が過ぎ、消灯も近くなった頃。


この晩、久しぶりに便意を催した。

看護師さんも、オナラが出ていないのは腸の動きが弱いんですよと心配しておったから、ここはひとつぶっといヤツをひねり出して、私は元気です!と主張したい。




点滴の棒をかたかた鳴らしながら、便所に到着。


便座に腰掛け戦闘開始。



ゆっくりイキむ。


痛みが走る。


休憩してまたイキむ。


痛みが走る。


痛さのせいで、休み休みの難儀な出産である。



この痛みなのであるが、右下っ腹(虫垂のあったとこ)が主に痛む。


だが、どういう神経のつながりか、術後以来、腹が痛むと同時にお尻の穴までもが、ひきつけを起こすような、割れるような痛みが始まって、そらぁもう辛い。



腹が痛む。


同時に尻が割れるほど痛む。


少し落ち着いてイキむと、また痛む。



傷と痛みのせいで腹圧がかけられない為に、本気でいきむことが出来ない。


しかも門出の門までもが痛んでいる為、長期戦は必至。



門の入り口付近で籠城中の私の赤ちゃん。


今回はかなりの頑固者らしく、カチカチとした肌触りが、直腸の壁を通して感じられる。




本物の出産はこんなもんじゃない。世のお母さんに負けるな!


と自分に喝を入れつつ、奮闘する。




尻の痛みと腹の痛みに耐えぬき、20分座ったか、30分経ったかわからないが、ずいぶんと長い時間をかけて、オナラと一緒に絞り出すことに成功。




出てきたお方はなんとも小さな塊であった。


だが、このコチコチさん。



三日間、体内で熟成されたせいか、ものすごく臭い。物凄い異臭。


なにより一緒に出た屁が尋常じゃないくらい臭い。



自分の体からこんな臭い匂いが出るとは、身も震えるほどの衝撃。


西野カナは会いたくて会いたくて震えるが、私は自分の屁の臭さに震えている。




思ったほどの実りは味わえなかったが、屁も出たし(臭いけど)、便所から出ようと立ち上がる。


この時、右手側にあった手すりに掴まって立ち上がったのであるが、この便所。



右手すり側の上の方にトイレットペーパーの補充用に棚があった。



しかも低い位置に。



糞闘にくたびれた私は、上も見ずに手すりに寄りかかって立ち上がった為、見事に棚が頭に命中。



気を緩めていただけにその激痛たるや。



アッと声に出した瞬間、力んだ拍子に腹筋にも力が入り、腹の傷口を傷める羽目に。


泣きっ面に蜂とはこのことか。



頭も腹も、お尻の穴までこじらせつつ、一人静かに就寝した。


入院回顧録 その三 体の傷は男の勲章


ふと目を開けると、目の前には丸いライト。

マスクと帽子をかぶった人人人。



すぐに自分が、まだオペ室にいることを自覚した。


しかし、体の自由がきかない。


手も足も、動かそうにも痺れて動かんし、なんか腹ゴソゴソされよるし。



どうやら麻酔が切れるのが早かった様子。


目だけキョロキョロさせて、私起きてますよアピールをするが、誰も気づかず。




麻酔が切れて一番つらかったのは、口に突っ込まれていた何かの管。


のどちんこあたりに触れて、嗚咽が何度も湧き上がる。

(この嗚咽で覚醒してるのを知ってもらえた)



おヴぇ~オヴぇ~と涙を流して吐き気を催すが、嗚咽のたびに、腹に力が入り傷口が痛んでしょうがなかった。




ちょうど手術は最後の仕上げだったらしく、皆様に見守られながら部屋に運び込まれ、ベッドに寝かしつけられる。




術後に担当医に聞いた話。


私の手術、30分で終わる予定が二時間以上もかかっていた。



というのも、無駄に痛みを堪えて一週間も病院受診を我慢したせいなのか、炎症が広がりまくり。


虫垂が破れて色々と大変だったとのこと。



我慢強いも良し悪し。


麻酔も切れて当然か。



もう少し遅れてたら、腹膜炎にかかる可能性もあり、もっと大ごとになっていたかもしれないと脅された。



そのせいだろう、初めは二つしか腹に穴をあけないと聞いていたが、いろいろあって四つ穴に。


追加で二つも穴をあけられて、腹の中の汚れを洗浄してもらっていたのである。


銃弾の痕みたいでちょっとカッコイイような。




さらに下のお宝の先には留置カテーテル(おしっこ通す管)を突っ込まれ、いよいよ病人然となっている。


しかも、手術衣の下は、尿取りパッドだけしかあたってなく、紙オムツも何も履いてない。




いや、別に紙おむつを履きたいわけではない。


おしっこはカテーテルに繋がれてるから心配はいらないが、パッド一枚だと、もしも運子が産まれた場合、どうにも逃げようがないではないか。



痛む腹をさすりながら、ベッドの上で白い尿とりパッドを尻の方まで引き上げて、運子はこれで引き受けようと、密かに心に決める。




今日の受診、病院で痛み止めもらって帰ろうぐらいに、のんきに構えていたのだが、初入院&初手術。


腹には四つ穴までこしらえるという、目まぐるしい一日に。


他の病気や怪我で入院する人も、こんなにバタバタと入院&手術してるんやろうなとぼんやり思う。




さて。


手術も無事に終わったし、あとは10日くらい療養して、ベッドで寝て帰るだけと考えていたのだが。


ここからが本当の戦いの始まりであった。





痛い。


とにかく痛い。


腹に穴が開いてる箇所の痛みもさることながら、右下っ腹の痛みが前にも増して強烈になってきたのである。



例えるなら、はらわたにフォークぶっ刺して、グルグル回してズコバコ引っ張るとでも言おうか。


物凄い激痛で、とても安静になんかしちゃおれん。



夜は夜で、看護師さんは優しく、体の体位を変えようとしてくださるのだが、右向いても痛いし、左向いても痛い。




腹の痛みが激しくなったら、痛み止めの薬を点滴で投与してもらう。


「忙しい夜勤の最中、さぞめんどくさい患者とお思いでしょうが、どうか堪忍してー」と心の中で謝りながら、ナースコールを1時間おきで鳴らしまくった私はさぞ迷惑な患者様であったことでしょう。



しかし、この痛み止めの点滴も、効果時間が短く、効いてきたと感じて眠りかける頃に効果が切れてしまう。



全然寝れん。




入院初日の夜明けも、前日と変わらず不眠で迎えた私。



フラフラになりながらも朝から部屋の変更を申付けられ、四人部屋へ移動することに。


部屋移動の準備をあれこれする。(看護師さんが)


この時に留置カテーテルをひっこ抜かれた。




ベテラン看護師さん「はい抜きますよっ。ズボッ」

私「はあぅ!」



心の準備が整う前にいきなり引き抜かれる。

尿道に今まで感じたことのない何とも言えない刺激。


痛いような痺れるような。




ここで一考。


私のような小宝はすぐ引き抜けて楽なほうだったが、立派な銃身をお持ちの紳士にはなかなかの気苦労があるではないかしら。



あほなことを考えながらリハビリパンツ(紙パンツ)に履き替えて、一人歩いて四人部屋を目指す。



思えば二日前の夜、腹が痛いくせに飲み会に参加、二次会のカラオケでは橋幸夫のモノマネをする清水アキラ(顔は鼻にセロハンテープを貼って研ナオコ)のモノマネをしながら、恋のメキシカンロックを熱唱して皆で楽しんだのに。


今は、ひとみ婆さんよりもさらによぼよぼな足取り。


自分が、ここまで動けなくなるとは思わなかった。




さすがに車いすは使えないのかと甘い考えを持ったのであるが、今の医療は安静よりリハビリ。


術後は自分で頑張るしかないの。



カメの歩みでよろよろと、目指す四人部屋にたどり着き、お仲間への挨拶もそこそこにベッドに崩れ込んだ。




入院二日目。


この日の夜も、痛みで眠れないまま朝を迎えた私。


もちろんナースコールは手放せなかった。


入院回顧録 その二 手術室へ


入院が決まって、部屋へ案内される。



担当の先生が来て手術の説明があり、手術は腹腔鏡手術ってやつをやるらしい。


私の想像のする盲腸の手術。


[シモノケ丸刈りで腹にメスを入れる]

なのであるが、最近は小さな穴を開けてコソコソみたいな感じ。


シモノケはヘソ周辺しか剃らないとのこと。



盲腸と聞いた時点で、下半身ツルツルの、大人なのに子供状態を堪能できると考えていた。

痛いながらもちょっと残念。


手術は順調にいけば30分くらいで済むとのお話。




ベッドに横になったあと、看護師さんに手術衣?に着替えさせてもらう。


手術衣の下はもちろんノーパンの丸出し。


若い看護師さんに、ケツと一物を拭いていただくという、素晴らしく幸せな状況にありながらも、実際は腹が痛すぎて無反応。
(反応したらそれはそれではずかしいが)


今は、体を動かされることが一番きつい。



そして、今回の手術ではヘソに穴を開けてゴソゴソするとのことで、看護師さんがオヘソの洗浄をしてくださるのだが、これが大変くすぐったい。


ヘソに、クリーム的な何かをヌリヌリされるこそばゆさ!


笑えば腹が痛むし、でもくすぐったいし。


断続的に襲い掛かる下腹の痛みと、ヘソヌリヌリのくすぐったさの甘辛具合に一人SMを楽しませてもらう。





午後二時半。


ついに手術開始の時間。


ストレッチャー(寝台車)に乗せられ、手術室へ。


まさか自分がストレッチャーに乗せられながら、オペするとは。


ドラマでしか見たことがない雰囲気にちょっと興奮。


人生初の麻酔。


息がしづらい何かのマスクをスーハースーハーやっていると。




目が覚めた。

入院回顧録 その一 初体験


11月の19日頃から、胃からヘソにかけてうずくような痛みがあった。



初めのうちはいつもの下痢だろうと気にもしないでいたのだが、日に日に痛みは増すばかり。



23日(日曜日)になってさらに痛みは強まり、熱も出てきた。


痛みは胃のあたりから、腹全体にかけて広まり、どこ触っても痛みが走るようになった。



こりゃいつものとは違う。


なんか嫌な予感がし、月曜日に病院へ行くことを決意。


(日曜のうちに行けばよかったのだが)



その日はビオフェルミンを大量に飲んで痛みを堪えようとしたが、全く効かず。


下腹、特に右下っ腹あたりに強烈な魔物が潜んでいて、猛烈に暴れまわっていらっしゃる。



全く眠ることなく朝日を拝むことに。




痛みと寝不足でフラフラしながら、地元の壱岐市民病院に到着。


受付で適当に問診を流し、とりあえずは内科でってことで、内科に向かう。



その日は、インフルエンザの予防接種を受けに来た、地元のジジ様ババ様が大量に発生。


人の多さと診察までの時間の長さ、腹の痛みでへたばりそうになる。



耐え難きを耐え、堪え難きを堪えてようやく先生の診察。



一週間前から痛かったこと。


初めは胃のあたりが痛かったこと。


今は右下っ腹が狂いそうになっていること。



以上をくたばりそうな顔で上伸すると、先生から開口一番。



「なんでもっと早くこなかったの!!」


いきなり怒られた。



いくらなんでも我慢しすぎ、どうかなる前に早く病院に来なさいと絞られる。




診察の結果、急性虫垂炎の可能性が高い。


世間一般でいう盲腸である。



薬で散らすか、メス入れるか決めるから外科に回すんでって内容の話があり、検査諸々やってきてとのお達し。



それからは血液検査して~尿検査やって~CTキメて~レントゲンとって~なんか耳から血をとる検査して~とグルグル病院内を連れまわされた。



検査が終わって、ようやく外科の先生に会うことができ、お話を伺う。



「虫垂炎ですな。」


「今日、手術しましょう。」




実は私。


生まれてから一度も入院をしたことがない。



もちろんメスを体に入れたこともない。



自分はこのままきれいな体であの世の行くもんだとばかり思っていたから、少なからずショック。


そして不安。



だが、この腹の痛みが治るならと、お願いしますと頭を下げた。



会社と家にそれぞれ連絡。



盲腸と聞いて笑う人、盲腸なめたら命落とすぞと脅す人、一週間も我慢したとか信じられんとあきれる人、それぞれ反応が違い、十人十色とはこのことかと。



看護師さんの案内で本日のスウィートルームへ向かう。


初めての入院に、痛みと不安と少しの期待を抱えつつ、エレベーターのボタンを押した。



11 | 2013/12 | 01
Su Mo Tu We Th Fr Sa
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
プロフィール

藻の上の旦那

Author:藻の上の旦那
玄界灘に浮かぶ壱岐で、果樹栽培に勤しむ中年です。
リンクはフリーにしております。
どうぞお好きに。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
来訪者様
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR